鈴鹿大学短期大学部

menu

7月6日(水) 鈴鹿学: 古代の鈴鹿と鈴鹿大学

2016年07月08日

7月6日(水)「鈴鹿学」では、鈴鹿市文化スポーツ部文化財課発掘調査グループの藤原秀樹さんに「古代の鈴鹿と鈴鹿大学」というテーマでご講演いただきました。

はじめに「遺跡を掘る」という仕事について、鈴鹿市では「埋蔵文化財を守る仕事(史跡の指定、それらの国・県への届出業務等)」と「発掘調査を記録する仕事(遺跡を“破壊”するという考え)」の2つに大きく分けられるそうです。
このうち発掘調査は、「学術調査」と「緊急調査(新規に土地改良や建設等を行う事業者や個人に対して行う調査―文化財保護法99条2項)」に大別され、その大半が緊急調査だそうです。

 

鈴鹿大学との関係に関しては、平成4年に本学開設に先立ち遺跡(寺田遺跡)の発掘調査が行われ、建設前の貴重な写真やエピソードも紹介してくださいました。
特に本学の敷地には前方後円墳が発掘されたことや、遺物、埴輪も数多く出土されており、当日は特別に出土された埴輪も披露されました。

 

さらに、本学の地名「郡山町」の由来ですが、元々“郡山”という地名は福島県郡山市や奈良県大和郡山市に代表されるように、古代の地方の役所「群家」の所在地であり、この地域周辺には、須恵器が多く出土されていることから、これらの生産管理を担う役所の出先機関もしくは豪族の居宅ではないかともいわれています。
この他にも、鈴鹿市は伊勢国の国府や国分寺の所在地ともいわれており、伊勢湾沿岸の東国の入口や交通の要衝として栄えていたことも明らかになってきています。

 

写真は講演の様子の他に、群家があった場所ではないかといわれている酒井神社と本学から出土した前方後円墳をイメージしたモニュメントも掲載してみました。上から見るとよくわかります。

 

13576758_1160383927351434_3626506404035437057_o

 

13614940_1160383954018098_1625384867481432523_n

  • SNSでシェアする
  • SNSでシェアする

site index